午後1時から、「西陣産業創造會舘」の運営管理者として入居希望者と面接を行なった。面接を終えて引き続き「西陣町家スタジオ」の今後の運営方針について理事たちと意見交換を行なった。
「西陣産業創造會舘」の入る建物は1921年(大正10年)に、京都中央電話局西陣分局(京都で3番目の電話局)として建設され、設計者の逓信省技師・岩元祿は、日本近代建築の黎明期、大正時代において、建築の芸術性をひたすら追い求め、わずか3点の作品を残したのみで夭折した天才的な建築家。この建物は、彼の現存する唯一の建物でもあり、文化的・学術的に高く評価されており、2006年には国の重要文化財に指定されている。
午後4時から、醍醐の武田病院に入院中の醍醐十連協の会長代行を、関係者でお見舞いに伺った。お元気そうだったので一安心した。
今日は午後3時頃から大雨警報、雷注意報が発令されるほどの荒れた空模様になった。地球温暖化のツケがいよいよ牙をむいてきた、日本は亜熱帯地方の気候になった感じ。