奈良磐雄の日記・NEW

今日一日何を食べて何をしたか

午後から生家「京都府立大学官舎」の跡を訪ねた


午前に、東京在住の写真家・藤井保氏から、銀座の高級なお菓子がお供えに届いた。40年ほど前パートナーが撮影のお手伝いで着付けのお仕事をさせていただいたことを覚えているとの手紙が添えられていた。清里での結婚式の写真も撮ってくれた保っちゃん、ありがとう。

午後から、私の生家の「京都府立大学・官舎」の北側にできた「京都府立京都学・歴彩館」でのシンポジウムが始まる前に、周辺をぶらついた。私が生まれたのは昭和22年4月、当時「京都府立農林専門学校」現在「京都府立大学・官舎」。下鴨北園町2丁目の通りを西へ、大学キャンパスに入ったところにあった木造平屋の建物でとっくに建て替えられた。当時の敷地は100坪ほどで庭が広く、菜園やニワトリ、ヤギ、アヒルなども飼っていた。北側には農学部の実習農園が北山通まで広がっていた。木登りして叱られた大きなクスの木は今もなお現存している。


官舎の南側の本部棟があった庭には「農林専門学校第1回卒業生の記念植樹 エンジュ」が大きく育っていた。私が生まれる1ヶ月前の昭和22年3月植樹と記されている。

下鴨中通と大学の間に現在も流れている川には、「我が家のアヒル」が毎日朝から夕方まで遊んでいた。かつての中通りは地道で川には土が溜まった中州もあり、魚もタニシもいた。


昼食は大学向かいに最近できた「旨味ひとつ」で「きざみきつねうどん」をいただいた。810円。


午後2時から、「京都府立京都学・歴彩館」大ホールでの「新景観政策10年 総括シンポジュウム『京都から考える これからの 歴史・文化・創造都市』」を聴講した。「看板の無くなる日」のCGシミュレーション画像をマスコミに発表し、それが京都市の屋外広告物条例として効力を発揮している今、街づくりは時間がかかるということを改めて思った。

帰りに車を停めさせてもらっていた兄夫婦の家に寄り紅茶とカステラをご馳走になり、お土産に「ビール詰め合わせ」「めちゃくちゃ大きなリンゴ」をいただいた。


おうちで晩ごはんは、サッカーの日朝戦を見ながら、作り置きのおかずを日本酒でいただいた。ギリギリ1点を取って勝てたのでよかった。